会長のお気に入り


最近、20世紀に注目を浴びたレコードの数々が装いも新たにCDの復刻版として盛んに再販されているようです。 しかしながら、バソンの歴史的な名手として世界の奏者達から敬愛され羨望の的となっている ジルベール・オダン、ポール・オンニュ、モーリス・アラールといった人達のCD復刻版が なかなか世に現れないのは真に残念な限りです。 今回新たにバソンの会の公式ホームページが開設されるにあたり、 私の大好きなレコードをいくつか紹介させていただきます。

ジルベール・オダン ジャン・フランセ バソンと11弦楽器のための協奏曲
  CYBELIA−650
モーリス・アラールの後継者としてパリ音楽院バソン科教授、パリ・オペラ座首席バソン奏者を勤め、 近年はレ・ヴァン・フランセの一員として頻繁に来日し大いに注目を集めているオダンの若き日の録音です。 この作品は1979年・パリ音楽院卒業試験の課題曲としてモーリス・アラールの依頼により第一楽章が作曲されました。 後に、バソンを熱愛するジャン・フランセ氏に、 暗黙のうちに期待された他の楽章が付け加えられ完成した模様です。 オダンは幼少の頃ヴァイオリンを学んだ所為か、 どんなテクニック的なパッセージも全く苦にならない様子。 柔らかく明るい軽やかな音色で、いとも見事に演奏してのけます。 第一楽章の跳躍が多く変化に富んだフレーズもメリハリが利いて思わずウキウキしてきます。 半音階的三度の大変難しいパッセージもなんのその。中間部の歌もとても洒落ています。 第二楽章の八分の六拍子。 軽快なリズムに乗って大観衆の注目を集めながら如何にも得意げにギャロップするサラブレッドの様。 第三楽章の指定テンポは、四分音符=42という非常な緊張をしいられる息の長いフレーズですが、 真に美しくしかし少々あっさりと過ぎていきます。 圧巻は第四楽章。中間部に現れる目まぐるしく回転するパッセージを彼は四分音符=138ぐらいで演奏するつもりだったようです。 しかしジャン・フランセの要望は、指定通り四分音符=168。 あのような途轍もないパッセージをその場でいとも簡単に熟してしまうのですから、 その演奏能力の高さは、羨ましさを通り越して呆れてしまいます。 現代フランスのバソン界を代表するプリンス。気品溢れるオダン氏のお勧めのレコードです。

ポール・オンニュ カール・マリア・フォン・ウエーバー バソン協奏曲
レコード番号不明。
パリ・バロックアンサンブルが初めて来日してからもう50年近くになるでしょうか? 私は日生劇場でのコンサートを聴きました。見事なソロや繊細で美しいハーモニーにうっとりしながら、数曲進んだところで、演奏が始まった途端、はたと止まってしまいました。一瞬会場がざわめき緊迫した空気が流れます。隣に座っていた恩師、山畑馨氏のひときわ高い咳払いがホール中にこだま。一呼吸おいて、気を取り直した演奏者達が、再び曲を始めます。先程と打って変わって、集中度の高い、熱のこもった演奏が展開され、決して響きが良いとは思われないホール全体に、色彩あふれる輝かしい音色が充満します。私の心にバソンの鮮烈な印象が刻み付けられたセンセーショナルな一瞬でした。バソンといえば、まずオンニュの名を挙げる人が多いようです。鼻の下のちょび髭が何とも愛らしく、くりくりとして好奇心に満ちた瞳、生き生きとして明るい人間味溢れる演奏に、私は惚れ惚れしてしまいます。そのオンニュの幻の名盤がエドワール・フラマン指揮、ウワゾー・リル オーケストラとの共演によるウエーバーのバソン協奏曲です。後に、彼はバンベルク響とこの曲を再度録音していますが、オンニュらしい魅力という点から見て正に天地の違いがあります。まず、ティンパニのソロの後に出てくる最初のFaの音の、あまりの勢いの良さに度肝を抜かれます。テンポは真に快調で、実に歯切れが良く、自信に満ち溢れ、音楽にのめり込み熱中している姿が目に浮かびます。第二楽章では、切々とした歌にこめた思いが、 火傷しそうなほど熱い魂の息吹となって伝わってきます。 音色は最近のバソンでは考えられないほど明るく、リードの振動音がビリビリ聞こえるほど生々しい。 それにもかかわらず、実に美しく魅力的でレコードとは思えないほど圧倒的な臨場感をもって迫ってきます。 正にオンニュ極め付きの一品です。しかし私は学生の頃に武蔵野音楽大学の図書館で聞いて以来耳にしておりません。 古レコードの山の中からある日突然、姿を現してくれる事を期待しています。 彼には、バロックアンサンブル、ロッシーニの木管四重奏、 ヴィヴァルディのバソン・ソナタなどの名盤が沢山ありますが、 もう一つの私のお気に入りはトリオ・ダンシュによるモーツアルトのディヴェルティメント(エラート WPCS−22112)です。 エレガントで心地よい音色の極地です。もしレコードであれば、 更に充実した豊かな響きで楽しむことができるでしょう。

モーリス・アラール アントニオ・ヴィヴァルディ バソン協奏曲ホ短調
コロンビア OW−7517−EV
Degas 世界的に最も良く知られたバソン奏者の顔といえばドガが1868年に描いた “オペラのオーケストラ”に登場するデジレ・ディオー氏の肖像でしょう。 しかし世界中の奏者たちから絶大な尊敬を集めているのがモーリス・アラールです。 バソン奏者のみならずあらゆる音楽家に聴いていただきたい偉大な奏者です。 初めてモーツアルトのバソン協奏曲を聴いたときには、とても驚きました。 ちょっとサキソフォンもどきの良く響く洒落た音色と、緻密で流れるようなアレグロ・シンギング、 見事としか言いようの無いハイレベルな演奏に圧倒されました。 彼はヴィヴァルディ、ボワモルティエをはじめ、ジョリヴェにいたるまで随分沢山のソロ曲をレコーディングしていますが、 いずれもが自信を持って絶品といえるほど素晴らしい出来栄えです。 レコードは通常、ミスも無く完璧な演奏があたり前かもしれませんが、 モーリス・アラールの場合その完璧度が異常と思われるほど集中度が高いのです。 モーリス・アラールという名前があれば、どんなレコードでも結構です。 論より証拠、まずは聞いてみてください。私が、くどくどとつまらない御託を並べる必要はなさそうです。 アラール先生の演奏で驚かされることの一つが、一生を通じて演奏が常に一環している事です。 しかしながら音色は時代の流れに沿って随分変化したようです。 1970年以前に録音された、ヴィヴァルディ、モーツアルト、プーランクのトリオ、 ジョリヴェなど真に健康的な音色なのですが、 なかでもプーランクやボアモルティ・バソン協奏曲の音色の輝かしさは格別です。 このレコードを聴くことの出来る方は真にラッキーです。 しかしながら1970年、パリ管弦楽団・ファゴット転向騒動をきっかけに、 それ以後の師の音色の変化もまた真に興味深いものがあります。 例えばヴィヴァルディの5曲のバソン協奏曲、サン・サーンスのソナタなど、 それ以前とは全く異なる少し暗めの柔らかい深い音色で、若い頃の音色とは全く違った味わいを感じさせます。 さて、私がここで取り上げたヴィヴァルディのホ短調協奏曲には、ちょっとした逸話があります。 1960年N響ヨーロッパ公演のおり、私の恩師山畑馨氏は、 たまたまパリ・オペラ座で上演されていたバレエ“火の鳥”を聴きに行きました。 そして例の有名な子守唄で今までに聴いたことのない素晴らしい音に出会ったのです。 大変感動した師は、早速そのバソン奏者を楽屋に訪ねました。 それがモーリス・アラールでした。師は早速バソン購入のためアラール先生と共に パリ近郊にあるビュッへ・クランポン(バソンのメーカー)を訪ねました。 アラール先生のデモンストレーションにすっかり感激した山畑先生は、 ヴィヴァルディのホ短調協奏曲を吹いて欲しいとリクエストしたところ、 アラール先生は曲を知りませんでした。 出だしの厄介なパッセージに手こずっていた師が音符を示したところ、 たちどころに見事に吹いてのけたので呆気に取られたそうです。 因みにその時にアラール先生が選んで下さったバソンは50年後に映画「のだめカンタービレ」に登場しました。 これも不思議な縁かもしれません。かくして山畑先生が帰国されて暫くすると、 驚いた事にヴィヴァルディのホ短調協奏曲がレコードになっていたそうです。 ある時、私はアラール先生に「どのレコードも大変魅力的な音色ですが、 特にヴィヴァルディの音色が好きです。」と話した事があります。 すると先生は「あれは素人が録音したのだが意外と上手くいった。私も気に入っている」と言っておられました。 先生のレコードは、どれをとっても甲乙つけがたい程、素晴らしいのですが、 特にこのレコードが私は大好きです。どうぞ皆さん是非モーリス・アラールを聞いてください。 今まで、アラールという名前をしらなかった貴方。目から鱗、青天の霹靂、これは正しく事件です。 アラール先生は、必ずや皆さんをより豊かな音楽表現の世界に誘ってくださる事を請合いましょう。



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